教育研究の知見の統計的統合とエビデンス

「教育研究の知見の統計的統合は何をもたらすのか」(山森他, 2021)が公開されています。エビデンスに基づく教育実践や教育政策(Evidence based Education)が話題になる中、教育研究の立場からの論点整理です。内容をざっくりまとめてみます。

教育研究の知見の統計的統合は、メタ分析(メタ分析のメタ分析=スーパーシンセシスを含む)のことです。教育研究においてメタ分析が注目された背景には「エビデンスに基づく教育」の推進およびその是非の議論があります。また、HattieのVisible Learningの影響は見逃せません。

メタ分析の意義と方法の普及によって、研究知見の見方が以前は効果の有無だけが注目されていたものが、研究の統合によって効果の大小を見るようになりました。個々の研究だけではなく、その積み重ねによって結論を出すのもよいことでしょう。教育方法などの介入を、効果の大小を比較することは、教育実践や政策などの教育研究の利用者からみてわかりやすいのもよい点です。

一方で、背景となる教育理論や概念を差し置いて、「どの方法が効果的か?」だけを見るなど短絡的な考えは弊害の一つです。メタ分析の結果だけを見て、「エビデンスに従え!」と言う人もいそうです。エビデンスに従った教育実践は、教師の自律性を損ない、教育の目的や価値を熟考する機会を奪うことになりかねないという指摘があります。また、教育研究は介入の効果のような政策や実践に直接役立つ研究だけでよいという見方が増えることもあるでしょう。

教育研究としては以下の効果もあると考えられられます。

一方で、統合の際に以下の点の考慮や吟味が必要です。

メタ分析が教育研究には現象理解と理論形成、社会的要請への応答という2つの役割を果たすためには、教育心理学の内外で知見を交換することが必要です。


エビデンスの領域

以上、多くの論点を挙げた参考になる論文でした。少し立場を変えた補足です。

論文は教育研究者によるメタ分析について述べられていますが、「エビデンスに基づく教育」(実践、政策)の立場でメタ分析をおこなう場合があります。下図の「つくる」「つたえる」「つかう」の3つの領域のうち、「つたえる」「つかう」は実践や政策寄りで、仲介機関がその担い手です。米国教育省のWhat Works Clearinghouseや、「エビデンスに基づく医療」ですとコクラン共同計画などがその例です。

「エビデンスに基づく医療」は、エビデンス至上主義ではなく、専門知識や学習者の価値に基づいておこなわれるという考え方で、教育もそれでよいと思います。図では「その他の教育研究」は介入効果の概念に関連するもので、相互に影響し合うことや、実践・政策での専門知識を深化させることを表現しています。

このように考えると、論文で指摘されている課題が幾分か解消されることになるのではないかと思います。

教育分野におけるアウトカムの多様性や設定の方法については、「令和2年度「EBPMをはじめとした統計改革を推進するための調査研究」(教育政策の特性を踏まえた根拠に基づく政策形成のあり方についての研究業務)報告書」が大変参考になります。医学研究ではアウトカム設定についての議論が進んでいますが、教育研究でもメタ分析が普及する中で、測定プロトコルなどが洗練されていくものと思います。

というような論点について、「教育領域におけるEBPM(エビデンスに基づく政策立案)について」という研究会で議論する予定です(参加者募集中)。ぜひご参加ください!